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24歳の私

子供の頃わたしはどういう大人になると予想していたのか、多分もうちょっとしっかりしている未来を思い描いていた気もするけどそういう不都合な記憶は闇に葬り去ってしまったようで、わたしは子供の頃のわたしのことをあまり思い出せない。

なんなら18歳の時のこともあまり思い出せないし、なんなら昨日の晩ご飯さえ思い出せない時がある。朝起きたら自分が誰か忘れてないか不安になる24歳の朝。布団から起き上がって45秒ほど考えて「そうか、昨日は恵美須町油そばを食べたんだ」と思い至った、そういう朝。

お年玉がもらえなくなり正月はただの節目となり、クリスマスプレゼントも特に貰わなくなりクリスマスはただの煌びやかな一日となり。誕生日も、ここ数年はこれといってなんら嬉しいこともなければ悲しいこともない、そういうただの一日になってしまったわけ。24歳。わたしにとって誕生日が意味をもったのは20歳が最後だったかもしれない。あの時ばかりは待ちわびた。わたしはハタチになりたかった。ここからはもう消化試合みたいなものだった。気付けば来年の誕生日でわたしは四捨五入すると30になってしまう。

23歳の誕生日、わたしはSKE48Mailの特典サービスであるお誕生日メールを受け取ってそれなりに喜んでいた。そんなわたしに兄は「メルマガみたいなもんやのに」と小さく呟いた。今年はその「メルマガみたいなもの」さえ来ないわけ。「%%name%%さんお誕生日おめでとう!(キラキラ)」みたいなのでもわたしは嬉しかったわけ。ああなにもない。今日はなにもない。普通に労働へ向かって、普通に労働をして、休憩に入ってiPhoneを開いたらおたおめリプの通知が結構来てて、あ、うれちい。となった。アイドルはいつか消えてしまうけど、ツイッターだけは消えないでほしい。誰もやらなくなってもわたしはツイッターをやり続ける。分からない、mixiの時もそう思ってた気がする。

気付いたらこの精神年齢のままに56くらいになってそうでとてもこわいです。誰も見ないブログを56歳までシコシコ書き続け、アパートの一室とかでひっそりこと切れたりすることがなければいいなと思います。24歳のわたし、一番ほしいものは居酒屋で使える系のお食事券。一番こわいものは孤独死。これからもよろしくお願いします。